京橋駅最寄りの煙突元の調査

JR京橋駅から南東の方角にあり、西方面に向けて京橋駅を出た学研都市線沿いの南側に見える煙突が以前から気になっていたので、その煙突元がどのような目的なのかを調べました。今の時代、煙突があるものといえば火力発電所、ゴミ焼却施設、銭湯、工場、火葬場かと思います。おそらくこの街中に発電所やゴミ焼却施設、火葬場などはないでしょうから、銭湯もしくは工場だと思っていました。

【結論】煉瓦工場(跡地)の煙突でした

近くまで歩いていくと、煙突の高さに驚かされます。15mから20mくらいはあるでしょうか?周辺には高層マンションなどなく、低層住宅地域のようでして、その突出した高さが目立ちます。

周囲は、煉瓦塀に囲まれており、すでに操業はしていないような感じですが、廃墟マニア等の不心得者の侵入を威嚇するかのように監視カメラがついています。

煉瓦で囲まれています。

建屋には、うっすらと何の工場かが書いてありました。すでに窓も割れており、この建屋関連は稼働していない可能性が濃厚と言えます。窓枠からガラスが外れたようになっているように見えます。

「耐火煉瓦」と読み取ることができます。旧関西鉄道での京橋駅の橋脚、もしくは過去最寄りには、旧陸軍の武器工場、大阪砲兵工廠の関連施設も煉瓦造りだったようですから、そこにも供給していたのでしょうか。「耐火煉瓦」の下にうっすらと三文字の社名らしいのがありますが、これはなかなか読み取れません。どこの会社なのでしょうか。

南側(寝屋川を背に)から北側を撮影した際の写真です。こちらのほうが煙突として雄々しく感じます。

さらに寝屋川の南側から、夕暮れ後と昼間に撮影した写真です。

宅地開発のためか、たまたまこの場所が都合よくカメラにおさめることができました。(21年6月末撮影)

貞徳舎株式会社の工場

似たような漢字、煉瓦などをトリガーに調べていたところ、大阪市鶴見区に本社がある貞徳舎さんの工場だったと思われます。3文字が「貞徳舎」ということがわかったので、脳内補正がかかりました。

HPを訪れてみると、貞徳舎さんの創業は、なんと明治24年(1891年)。今年2021年で創業から130年も迎えたということです。

貞徳舎社HPより

すでにこの工場は稼働していないようですが、今でも創業事業の煉瓦を製品に含め、その耐火技術をもとに、工業用電熱式ヒータ製品や耐火物を設計・開発・製造しているということです。素晴らしいと思います。1892年創業時から耐火物製造専門メーカとして、煉瓦を国内に多く供給していたことが伺えます。きっと大阪域内でまだ残っている煉瓦建築物、建造物の煉瓦はこちらの工場の耐火煉瓦が使われたのかと思うと、この工場は日本の明治24年からの日本の近代化、そして戦後復興を支えた数少ない工場だったのかもしれません。この工場がいつ頃できたかのかまではわかりませんが、高く聳え立つ煙突、OBPのビル群ができるまではきっと大坂城と相対していたことでしょう。

施設は稼働していませんが、立派な煉瓦塀や煙突、京橋界隈の遺構として今後とも後世へ残しておいていただけることを願うばかりです。

場所

参考リンク

煉瓦塀写真集 貞徳舎煉瓦塀(歩鉄の達人) (hotetu.net)

工業用電気式ヒーターのオーダーメイドなら貞徳舎株式会社 (teitokusha.co.jp)

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