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大阪府

  • 2025-09-27
  • 2026-03-12

大阪市北区菅原町の天満堀川跡と戦災を免れた蔵群の歴史散策

はじめに 大阪市北区菅原町を散策していると、現在の都市高速道路沿いに立派な蔵建築群を発見することができます。この地域は、江戸時代に開削された天満堀川と大川との合流点にあたり、かつては水運の要衝として栄えた場所でした。太平洋戦争中の大阪空襲では50回を超える空襲があったにも関わらず、この地域は比較的被 […]

  • 2025-09-27
  • 2026-03-12

大東市御供田の蔵が語る恩智川河川改修の歴史散策

はじめに 大阪府大東市御供田地区を散策していると、恩智川沿いに立派な蔵を構えた旧家を発見することができました。現在の恩智川は1970年代の大規模河川改修により大幅に線形が変更されており、かつての流路は「恩智川薄井貯留施設」として整備され、緑地公園となっています。この地域の古地図と現在の航空写真を比較 […]

  • 2025-09-27
  • 2025-09-27

西三荘駅から南へ蛇行する道の正体~かつての水路が物語る門真・守口の歴史

 西三荘駅周辺を通りがかった際に、気になる道を発見しました。京阪本線の西三荘駅から南に向かう道が、まるで蛇のように蛇行しているのです。現代の都市計画では珍しいこの曲線的な道筋に興味を持ち、古い航空写真と現在の地図を比較調査してみることにしました。 西三荘駅の立地と歴史的背景 まず西三荘駅について整理 […]

  • 2025-09-23
  • 2026-03-12

大阪市城東区野江地域に残る戦前の蔵と街並みの変遷 ~大阪空襲を免れた歴史的建造物の発見~

とある日、野江内代駅から野江駅方面へ向かう道すがら、ふと目に留まった古い建物がありました。現代的な住宅が立ち並ぶ中に、明らかに戦前の建築と思われる立派な蔵が2つも残されているのです。史跡好きの私としては、これは見過ごすことができません。早速調べてみることにしました。 発見した蔵の特徴 この地域で見つ […]

  • 2025-08-13
  • 2026-03-12

大川に眠る幻の鉄道橋 – 戦前に3つの橋が共存した奇跡の時代

はじめに 大阪市のJR環状線、桜ノ宮駅と天満駅の間を流れる大川。今でこそ一本の鉄道橋が静かに川面を渡るだけですが、かつてここには驚くべき光景が広がっていました。戦前のある時期、この川には鉄道橋が3つも並んで架かっていたのです。現在その痕跡を求めて現地を歩くと、煉瓦造りの橋台が今も静かに当時の壮大な計 […]

  • 2025-07-21
  • 2026-03-12

大喜橋:大阪電気軌道四條畷線の遺構が語る鉄道計画の夢と挫折

はじめに 自転車で大阪市城東区の運河沿いを走っていた時のことです。城北運河に架かる「大喜橋」という橋を渡った際、何となく違和感を覚えました。橋自体はそれほど大きくないものの、歩道部が別になっており、1.5車線ほどです。通常なら一体的に設計されるはずの車道と歩道が、なぜか分離されているような構造になっ […]

  • 2024-01-28
  • 2026-03-12

都島区の戦前RC集合住宅「トヨクニハウス」が現存する理由

大阪市都島区、谷町線都島駅を最寄りとして徒歩10分ほどのところに、日本でも最も古いRC構造(コンクリート構造)の集合住宅では筆頭クラスの建屋があります。その名はトヨクニハウス。過去の地図や航空写真からトヨクニハウスが見てきた当時の歴史を振り返りつつ、今のトヨクニハウスについて整理していきたいと思いま […]

  • 2023-03-12
  • 2026-03-12

大阪市城東区蒲生4界隈の煙突

蒲生4丁目、国道として大阪市内の主要幹線道路の渋滞規模の観測地点でも名前があがり、また地下鉄の長堀鶴見緑地線、今里筋線の結節点でもあり、蒲生町内には都市計画の大きな流れに乗らず、細く狭い路地、狭隘な生活道路がひしめくなか、魅力的なお店がポツポツあります。基本的には住宅街ですが、古い建屋、神社等、足を […]

  • 2023-03-11
  • 2026-03-16

今も活きる大阪天満の赤レンガ建屋群

大阪環状線外回り、大阪駅から京橋方面に向かう際、最初の駅は天満駅となります。天満駅を出発すると大川(旧淀川)を渡って、桜ノ宮駅そして京橋駅へとつながるわけですが、天満駅を出て桜ノ宮駅へいくまでの大川を渡る前の左側(方角でいうと北側)に赤レンガの建屋群を何棟も確認できます。こちらの建屋について整理して […]

  • 2022-12-11
  • 2026-03-12

森ノ宮の大阪砲兵工廠跡:石碑と古地図で辿る歴史

大阪砲兵工廠とは 大阪砲兵工廠の場所と広さについて 最終時は大阪陸軍造兵廠と呼ばれ、今の大阪城の東外堀から、大阪城公園の東側、森ノ宮のほどんどを占め、北側のOBPなども含めて、アジア最大の軍需工場でした。 日本の文明開化に伴って、当時は富国強兵政策のもと、1870年(明治3年)に早々と造兵司設置が設 […]