- 2025-08-13
- 2026-03-12
大川に眠る幻の鉄道橋 – 戦前に3つの橋が共存した奇跡の時代
はじめに 大阪市のJR環状線、桜ノ宮駅と天満駅の間を流れる大川。今でこそ一本の鉄道橋が静かに川面を渡るだけですが、かつてここには驚くべき光景が広がっていました。戦前のある時期、この川には鉄道橋が3つも並んで架かっていたのです。現在その痕跡を求めて現地を歩くと、煉瓦造りの橋台が今も静かに当時の壮大な計 […]
はじめに 大阪市のJR環状線、桜ノ宮駅と天満駅の間を流れる大川。今でこそ一本の鉄道橋が静かに川面を渡るだけですが、かつてここには驚くべき光景が広がっていました。戦前のある時期、この川には鉄道橋が3つも並んで架かっていたのです。現在その痕跡を求めて現地を歩くと、煉瓦造りの橋台が今も静かに当時の壮大な計 […]
はじめに 自転車で大阪市城東区の運河沿いを走っていた時のことです。城北運河に架かる「大喜橋」という橋を渡った際、何となく違和感を覚えました。橋自体はそれほど大きくないものの、歩道部が別になっており、1.5車線ほどです。通常なら一体的に設計されるはずの車道と歩道が、なぜか分離されているような構造になっ […]
昭和58年(1983年)3月22日。この日、国鉄筑肥線の博多駅~姪浜駅間が廃止され、同時に福岡市営地下鉄空港線との相互直通運転が開始されました。あれから42年の時が流れ、令和の時代を迎えた現在でも、かつてそこに鉄道があったことを物語る小さな痕跡が街の随所に残されています。 街歩きで出会った「おっ!」 […]
大阪環状線の東側部分は、かつて大阪鉄道が1895年(明治28年)に天王寺から梅田(大阪駅の近く)まで開通させたものです。当時は城東線と呼ばれていました。その後に関西を代表するヤンチャな私鉄、「関西鉄道」に大阪鉄道は買収され、関西鉄道が梅田駅を当時の官営鉄道の大阪駅と統合しました。天王寺から玉造、森ノ […]
大阪市城東区と都島区の区の境になっている都島通。谷町線の野江内代駅から高殿に向かっていくと緑のアーケードでおおわれている野江国道筋商店街を左手にみることができます。その反対側に、かつて旧京阪本線が走り、その脇には旧野江駅がありました。当地の現状と古地図を確認した内容を整理してみました。 場所 地下鉄 […]
もともと、大阪市の都島区・城東区・旭区界隈にあった、農業用の水路としての井路川(いじがわ)、榎並川、鯰江川など、すでに埋め立てられた跡地や遺構を巡って、散歩がてらあちこち調べてきたことが始まりですが、JR環状線の京橋から桜ノ宮間をまたぐ4本目の井路川について、歴史の変遷を確認できる当地の遺構も含めて […]
赤川鉄橋 正式には城東貨物線淀川橋梁と 言いますが、地元では赤川鉄橋と 呼ばれています。長さは約600mです。今は「おおさか東線」として2019年3月に旅客化し、複線路線として開通しました。かつては単線で貨物列車の走る 鉄道橋の真横を木橋の人道橋が 通り、生活上とても便利かつ自転車にも大変 […]
もともと、大阪市の都島区・城東区・旭区界隈にあった、農業用の水路としての井路川(いじがわ)、榎並川、鯰江川など、すでに埋め立てられた跡地や遺構を巡って、散歩がてらあちこち調べてきたことが始まりですが、JR環状線の京橋から桜ノ宮間をまたぐ3本目の井路川について、歴史の変遷を確認できる当地の遺構も含めて […]
かつての京阪京橋駅は今ある京橋駅とは異なる場所にありました。高架されるまでの京阪京橋駅、高架前の路線などを振り返ってみたいと思います。今、京橋駅は、JR(環状線、学研都市線)、京阪本線、地下鉄と公共交通の結節点であり、人々の移動に多く貢献していますが、かつての京阪の京橋駅がどこにあったのか、どこを走 […]
かつて存在した片町線の始発駅の片町駅。周辺環境の鉄道事情の変化、物流産業の変化に伴い、京橋駅から西へ伸びる東西線の開通に伴い、それまでの役割を全うし、廃駅となります。