パナソニックの選択と集中:2021年以降の事業再編と構造改革の総括

目次

パナソニックは2021年以降、創業以来最大規模の事業再編を断行しています。半導体から自動車部品まで、累計2兆円を超える事業規模を手放し、「選択と集中」を徹底した結果、売上高は縮小したものの利益率は大幅に改善しました。しかし、株価は10年間停滞し続け、時価総額4兆円は競合のソニー(22兆円)、日立(19兆円)を大きく下回ります。楠見雄規CEOが「30年間成長できていない」と危機感を露わにするなか、2025年度を「経営改革集中年」と位置付け、1万人規模の人員削減を含む抜本的改革に踏み切りました。

就職氷河期世代として企業の栄枯盛衰を目の当たりにしてきた筆者からすると、パナソニックの現在の状況は「大企業病」の典型例に映ると思います。かつて「松下電器」として家電王国を築いた同社が、なぜこれほど苦境に陥ったのか。2021年以降の事業譲渡・撤退の軌跡から、その答えを探ってみたいと思います。

2021年からの撤退ラッシュ:収益性を重視した事業選別

半導体事業売却で始まった構造改革

パナソニックの本格的な事業再編は、2020年9月の半導体事業売却から始まりました。2019年11月に発表されたこの決定は、5年連続の営業赤字(2019年度は235億円の赤字)に陥った半導体事業を、台湾ヌヴォトンテクノロジーに約310億円で売却するというものでした。

従業員約5,100人が移籍するという大規模な譲渡でしたが、市場の反応は冷静でした。なぜなら、この時点で日本の半導体産業は既に韓国・台湾勢に後れを取っており、パナソニックの判断は「遅すぎた撤退」と評価されたからです。

2021年の事業整理加速

2021年に入ると、パナソニックは複数の事業から相次いで撤退しました:

太陽電池事業の生産撤退(2021年2月発表)

  • マレーシア工場と島根県工場での生産終了
  • 中国メーカーとの価格競争激化が主因
  • テスラとの米国バッファロー工場での共同生産も2020年に既に解消

北米照明デバイス事業の譲渡(2021年3月)

  • 米国系企業への譲渡(譲渡先・金額は非開示)
  • 2007年・2010年の買収案件の整理

欧州民生用電池事業の譲渡(2021年3月)

  • ドイツ・オーレリウスグループへの譲渡
  • 乾電池・充電池事業の欧州市場からの撤退

公共機電事業の譲渡(2021年10月)

  • 正興電機製作所への譲渡
  • 1980年代から手掛けていた公共プラント監視制御システム事業

これらの譲渡・撤退に共通するのは、いずれも単独での事業維持が困難になった分野だったことです。グローバル競争の激化により、中途半端な規模では生き残れなくなった現実が浮き彫りになったと考えられます。

2022年の持株会社制移行

2022年4月、パナソニックは持株会社制に移行し、7つの事業会社に分社化しました。この組織改革は、各事業の責任と権限を明確化し、迅速な意思決定を可能にすることが狙いでした。

  • パナソニック(家電・住宅設備)
  • パナソニックコネクト(B2Bソリューション)
  • パナソニックインダストリー(電子部品)
  • パナソニックエナジー(電池)
  • パナソニックオートモーティブシステムズ(車載機器)
  • パナソニックエンターテインメント&コミュニケーション(AV機器)
  • パナソニックハウジングソリューションズ(住宅)

2023年以降の大胆な事業再編

液晶ディスプレイ事業の完全撤退

2023年7月、パナソニックは液晶ディスプレイ子会社(PLD)の解散を発表しました。5,800億円の債権放棄という巨額損失を計上しましたが、これにより2023年度の純利益は1,100億円上方修正されました。

この決断は、既に2021年に生産を終了していた液晶パネル事業の最終的な整理でした。韓国・中国メーカーとの価格競争に敗れた日本の液晶産業の縮図を象徴する出来事といえると思います。

自動車部品事業の大型売却

2024年12月、パナソニックは最大の事業売却を実行しました。車載機器事業(パナソニックオートモーティブシステムズ)の80%を米投資ファンドのアポロ・グローバル・マネジメントに売却しました。企業価値3,110億円のうち、約2,400億円分を譲渡し、パナソニックは20%の株式を保有します。

この売却の背景には、自動車業界の急激な電動化がありました。従来のガソリン車向け部品から電気自動車向けへの転換には巨額の投資が必要で、パナソニック単独では対応困難と判断したものと思われます。約500億円の損失を計上しましたが、売却資金は成長分野への投資に回される予定です。

プロジェクター事業売却の白紙化

2024年7月、パナソニックコネクトは世界トップシェアの業務用プロジェクター事業をオリックスに約1,185億円で売却することを発表しました。しかし、2025年7月に「事業の成長性等に関する双方の意見の相違」を理由に白紙化が発表されました。

この白紙化は市場に大きな失望を与え、株価は7日続落しました。構造改革の実行力に対する懸念が改めて浮上した瞬間だったと考えています。

2025年の抜本的改革:会社分割と大規模リストラ

パナソニック株式会社の解散

2025年2月4日、パナソニックは創業以来の大改革を発表しました。現在のパナソニック株式会社を3つの事業会社に分割し、発展的に解消する方針を明らかにしました:

  • スマートライフ株式会社(仮称):白物家電
  • 空質空調・食品流通株式会社(仮称):空調・コールドチェーン
  • エレクトリックワークス株式会社(仮称):照明・電設

1万人規模の人員削減

同時に、連結対象会社で1万人規模の人員削減(国内5,000人、海外5,000人)を実施することも発表されました。これは全従業員の約4%に相当する規模です。

楠見CEOは記者会見で「30年間、成長できていない。これでは従業員も誇りを持てない」と述べ、危機感を露わにしました。就職氷河期世代として企業の大規模リストラを何度も目の当たりにしてきた筆者には、この発言は経営者の本音を率直に表したものに聞こえました。

楠見経営への疑問:切り売りばかりで成長戦略が見えない

「経営ゲーム」に終始する構造改革

パナソニックの2021年以降の事業再編を俯瞰すると、事業の譲渡・撤退ばかりが目立ち、新しい事業を生み出したり、既存事業を大きく成長させる取り組みが見えてこないというのが率直な印象です。

楠見CEOの経営は、まるで「経営ゲーム」のような印象を受けます。ROICやWACCといった財務指標を基準に事業を切り分け、数字に合わない事業を次々と売却する手法は、短期的には財務指標の改善をもたらしますが、会社を大きくすることにはつながっていないと感じます。

新規事業創出への取り組み不足

パナソニックが手掛けている成長分野として、車載電池事業やBlue Yonderのサプライチェーンソフトウェア事業が挙げられますが、これらも本質的には既存事業の延長線上にあるものです。

真に新しい事業領域への挑戦や、イノベーションを通じた事業創造への取り組みが全く見えてこないのが現状だと思います。例えば、ソニーがエンターテインメント分野で築いたような新しい事業の柱を、パナソニックは生み出せていません。

「選択と集中」の限界

「選択と集中」という経営戦略は、確かに一定の効果があります。しかし、それだけでは企業の持続的成長は実現できないと考えています。切り売りを続けていけば、最終的には売るものがなくなってしまうからです。

楠見CEOの経営を見ていると、「守りの経営」に終始している印象を受けます。リスクを取って新しい事業に挑戦する「攻めの経営」が欠けているのではないでしょうか。

主要分野別の撤退・譲渡状況

家電事業:縮小均衡からの脱却模索

白物家電分野では、国内市場の成熟化と海外勢の価格攻勢により収益性が悪化しています。2025年の会社分割により、スマートライフ株式会社として独立採算制を徹底する方針です。

テレビ事業については、楠見CEOが「売却する覚悟はあるが、買い手企業は現状ない」と発言しています。事業の魅力度の低さを物語っていると思います。

半導体事業:完全撤退の選択

2020年の半導体事業売却により、パナソニックは半導体分野から完全撤退しました。車載向け半導体の成長が見込まれる中での撤退は、投資余力の限界を示していると考えられます。

住宅・建材事業:海外展開で活路

住宅設備事業は比較的堅調で、東南アジア・インド市場での成長を期待しています。2030年度に海外売上高1兆円を目指しています。

車載事業:電池に特化

自動車部品事業を売却した一方で、EV向けリチウムイオン電池事業には積極投資を継続しています。テスラとの協業を軸に、2023年度は7,000億円の設備投資のうち約半分を電池関連に投入しました。

2020年以前との比較:構造改革の継続性

津賀前社長時代(2012-2021年)の改革

津賀一宏前社長時代から構造改革は始まっていました。プラズマテレビ事業からの撤退(2014年)、白物家電の中国・美的集団への売却(2016年)、医療機器事業の売却(2017年)など、不採算事業の整理を進めていました。

楠見体制での改革加速

楠見CEOは津賀前社長の改革を継承しつつ、より厳格な収益性基準を導入しました。ROIC(投下資本利益率)がWACC(加重平均資本コスト)+3%を下回る事業を「課題事業」と定義し、2026年度までに事業譲渡・撤退を検討する方針を明確化しました。

この基準は非常に厳しく、現在の事業ポートフォリオの約20%が対象となる可能性があります。

財務状況への影響:短期的損失と中長期改善

一時的な損失計上

事業譲渡・撤退により、短期的には大きな損失を計上しています:

  • 液晶ディスプレイ事業解散:5,800億円の債権放棄
  • 自動車部品事業売却:約500億円の損失
  • プロジェクター事業売却白紙化:機会損失

収益性の改善

一方で、低収益事業の切り離しにより、全体の収益性は着実に改善しています:

  • 調整後営業利益率:2022年度3.7% → 2023年度4.6% → 2024年度見通し5.2%
  • 営業キャッシュフロー:2022年度5,207億円 → 2023年度8,669億円

2026年度の収益目標

パナソニックは2026年度に以下の財務目標を設定しています:

  • 調整後営業利益:6,000億円以上(2024年度見通し4,300億円から大幅改善)
  • ROE:10%以上
  • 構造改革による収益改善効果:3,000億円

株主・投資家の反応:期待と懸念の交錯

株価への影響

パナソニックの株価は過去10年間、2015年・2005年水準とほぼ同等で推移し、長期停滞が続いています。2025年2月の経営改革発表時には約14%急騰しましたが、プロジェクター事業売却の白紙化で再び下落しました。

投資家の評価

証券会社アナリストの反応

  • 野村証券、SMBC日興証券、モルガン・スタンレーMUFG、シティグループ証券などの主要証券会社は「買い」推奨を継続
  • 目標株価は2,500円前後(2025年2月時点)
  • 構造改革の必要性は理解されているが、実行力への懸念が根強い

投資家の指摘事項

  • 時価総額4兆円は競合他社(ソニー22兆円、日立19兆円)を大きく下回る
  • PBR(株価純資産倍率)1倍割れが継続
  • 「実行力」と「スピード」への懸念

市場の厳しい評価

楠見CEOの「社長を辞めようにも辞めきれない」という発言は、市場の厳しい評価を反映していると思います。投資家からは「捨てられない企業」との評価もあり、決断力の欠如が長期停滞の要因との指摘が多いようです。

筆者の分析:「大企業病」からの脱却は可能か

就職氷河期世代としての視点

私は就職氷河期(1993年-2005年)のただ中で就職活動を経験しました。当時、日本の大企業は「終身雇用」「年功序列」を前提とした経営を行っており、パナソニック(当時の松下電器)もその典型でした。

しかし、グローバル競争の激化により、この経営モデルは限界を迎えたと考えています。韓国のサムスン、LG、中国のハイアール、美的集団などが台頭し、日本の家電メーカーは次々と苦境に陥りました。

構造改革の評価

パナソニックの構造改革は、方向性としては正しいと評価できると思います。低収益事業からの撤退、成長分野への投資集中、組織のスリム化は、グローバル競争を勝ち抜くために不可欠な施策だからです。

特に、ROIC基準による事業評価の導入は画期的だと感じています。従来の「売上高至上主義」から「資本効率重視」への転換は、株主価値向上の観点から高く評価されると思います。

残された課題

一方で、以下の課題は残されていると考えています:

実行力の不足:プロジェクター事業売却の白紙化に象徴されるように、決断から実行までのスピードが不十分だと思います。相手方の条件もあったかと思いますが、もっと早く実行しておくべきは?という株主も声が聞こえてきそうです。

成長エンジンの不透明性:車載電池事業への依存度が高く、この分野での競争激化や需要変動のリスクが大きいと感じています。

人材活用の課題:1万人規模の人員削減を行う一方で、成長分野での人材確保・育成が急務だと思います。

新規事業創出の欠如:これが最も深刻な問題だと考えています。事業の切り売りばかりで、新しい成長の芽を育てる取り組みが見えません。

今後の展望:2026年度目標達成の鍵

成功要因

パナソニックの構造改革が成功するための鍵は以下の通りだと思います:

  1. 事業売却の確実な実行:テレビ事業をはじめとする課題事業の売却先確保
  2. 車載電池事業の競争力維持:テスラ以外の顧客開拓と技術優位性の確保
  3. 新規事業の創出:サプライチェーンソフトウェア(BlueYonder)、空質空調事業の成長加速
  4. 人材の再配置・育成:リストラ対象者の成長分野への配置転換

リスク要因

一方で、以下のリスクも想定されると考えています:

  1. 外部環境の変化:米国IRA補助金の政策変更リスク
  2. 競合他社の追い上げ:韓国・中国勢の技術キャッチアップ
  3. 実行力の継続性:経営陣の交代による戦略変更リスク
  4. 新規事業創出の失敗:成長の柱となる新事業を生み出せないリスク

2026年度の成否判定

2026年度の財務目標(調整後営業利益6,000億円以上、ROE10%以上)達成が、構造改革の成否を判定する分水嶺となると思います。この目標が達成されれば、パナソニックは「復活企業」として評価されるでしょう。

逆に、目標未達に終われば、更なる事業売却や経営陣の交代が避けられないと考えています。就職氷河期世代として企業の興亡を見続けてきた筆者の経験では、企業の復活には通常5-10年の期間を要すると思います。パナソニックにとって、今が正念場といえるでしょう。

最後に:選択と集中の果てに何が残るのか

パナソニックの2021年以降の事業譲渡・撤退は、「選択と集中」による生き残り戦略の典型例です。半導体から自動車部品まで、累計2兆円を超える事業を手放した決断は、短期的には売上減少や損失計上を伴いましたが、中長期的な競争力強化につながる可能性があると思います。

しかし、筆者が最も懸念するのは、楠見CEOの経営が「切り売り」に終始し、新しい事業を生み出す力を欠いていることです。財務指標の改善は確かに重要ですが、それだけでは企業の持続的成長は実現できないと考えています。

楠見CEOが「30年間成長できていない」と認めた現実は重いですが、この危機感を新しい事業創造への原動力に転換できるかどうかが鍵だと思います。2025年度の「経営改革集中年」を経て、2026年度にどのような結果を残すか。日本の大企業が「大企業病」から脱却できるかどうかの試金石として、パナソニックの今後の動向から目が離せません。

創業者・松下幸之助の「経営の神様」という称号が色褪せて久しいですが、その遺伝子を受け継ぐ企業が再び輝きを取り戻すことができるのでしょうか。答えは2026年度の業績発表で明らかになると思います。ただし、その時に残っているのが、単なる「効率化された小さな会社」ではなく、「新しい成長の芽を持った企業」であることを願っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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2012年から2020年くらいの範囲でPanasonicの事業譲渡や撤退を整理したページです。

2025年初頭に1万人リストラを発表を受けて記載した内容です。

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